桜の季節に、逝ってしまったわが娘



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4月になりました。
近所の公園の桜も、満開になっています。
夜は、花見宴会をしている人もちらほらです。

桜、きれいに咲いているけれど、本当に桜の花の命は短くて10日もたてば散ってしまいます。
人々に、感動と安らぎを与えて散っていく桜、今年もきれいです。

桜の季節、私にとっては寂しい季節です。
4月2日、私の次女の誕生日であり命日でもあります。
生きていれば、今年19歳になる次女がいました。

病院のベッドの窓側から、満開の桜を見ていました。
私は次女に、さくらと言う名前をつけました。

さくらは、この世に生を受けてすぐに、あの世に旅立ちました。
赤ちゃんの心音が弱くなっているということで、急遽、帝王切開しました。

さくらはおぎゃーとか細い声で、ちゃんと産声をあげました。
でも・・・
顔も見せてもらえずに、どこかへ連れていかれました。
危険な状態であることはわかりました。

私は麻酔のミスで血圧が急降下し意識がなくなっていました。
あーこのまま、あの子と天国に行くのだろうか、なんてふと思ったことを覚えています。

意識がもどった時は病室にいました。
あの子は?
あの子はどうしたの?
心配でした。

そこに、入ってきたのはDV夫。
そして、鬼のような言葉を私に伝えました。
今、亡くなったよ。
女の子だった。
女の子で良かった、女はいらないからな。
死んでくれて良かった。
そう言い笑ったのです。

私は感情というものが凍りつき、言葉も出ませんでした。
出てきたのは、大量の涙でした。
そしてずっと窓側から桜をみつめていました。

看護婦さんが一時間おきに病室をのぞきに来ました。

大丈夫です。
私には、長女がいますからバカなことはしません。

産婦人科病棟に入院していましたので、赤ちゃんの泣き声がきこえ、赤ちゃんを抱っこする人と
すれ違い、すご~く辛かったことを覚えています。

亡くなった赤ちゃんには会わせてもらえずに、次女さくらは荼毘にふされました。
DV夫は面会したのに、私には会わせないないでいいと、勝手に荼毘にふすことを承諾してしまったのです。

死因を知りたかったので、解剖を承諾しました。
肺に水がたまる病気を持っていたこと、助かったとしても、半年生きられたかどうかと聞かされました。

そして、さくらは、本当に小さな、骨壺に入り私の所に帰ってきました。

会いたかった。
抱っこしてあげたかった。
ごめんね、ごめんねと泣いた日々

その当時は悲しみでいっぱいだったけれど。
少したち思いました。

さくらが生きていたら、女はいらないという父親にどんな仕打ちを受けることになったか。
長女にやったように・・・です。
想像するだけで恐ろしくなります。

だから、すぐに天国に行けて良かったね、と思うようになりました。

今は、DV家先祖代々のお墓で眠っています。
明日会いに行きます。

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