生きていることは奇跡、片思いをしていた人の死

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夫が急逝して、一年8か月。
売却した元わが家には、新しい家が建とうとしています。

さんざん苦しめられた夫だったけれど、なぜか死んでくれてありがとうという気持ちにはなりませんでした。
未亡人ってこんな心境なの?と思うこともたびたびあり、時々たまらなく寂しくなりました。

娘とギクシャクしている今、また寂しさに襲われていますが、これは子離れ、孫離れの良いチャンスなのか?と思うようになりました。

生きていることは、奇跡

少し前、独身時代の最後の職場の元同僚と話す機会がありました。

35年前、某企業のサービスステーションで、電話受付の仕事をしていました。
技術者の男性がたくさんいた職場で、飲みに行くことも多く楽しい職場でした。

○○さんと○○さんが、亡くなった、そんな話になりました。
その中に、私が片思いをしている人もいました。

○○さんは30代で、○○さんは40代で亡くなったなんていう話を聞くと、生きていることは奇跡だと、つくづく思います。

片思いをしていた人

夫と結婚する前に私が片思いをしていた人は、一日10時間は仕事をしていたと思う。
そのストレスは、アルコールで解消していました。

毎日飲み歩いて、いつも二日酔い。
いつか過労死するんじゃないかと心配していました。
一緒に飲みにいった時に、給料のほとんどは関西の母親に仕送りしていると話していました。

その人は、母子家庭だったのです。

結果的に私は相手にされずに、夫と焦り婚をしてしまいました。
その当時35歳だった彼は、数年後ガンで亡くなったことを知りました。

ショックでした。

彼も好きな人がいたことは後から知ったけれど、一生懸命仕事をして母親を助け、結婚もせずに一人寂しくこの世を去ったそうです。

彼の死を知り、なんて理不尽な世の中だろうと感じました。
頑張って働いて母親を助けていたのに。

なんのために生まれてきたのだろう?
幸せな時間はあったのだろうか?といろいろ考えてしまいました。

65歳の今、これからの時間はおまけの人生だと思うようになりました。
夫はいなくなり、子供たちは自立、おまけの人生、どう生きるかいろいろ考えています。

ベランダ栽培で育った小ねぎで冷奴を食べました。
冷奴大好きです。

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