いのちの電話に、悲痛な叫びが殺到しているそうで・・・

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座間の事件の影響で、いのちの電話に、悲痛な叫び、相談が殺到しているという記事を読みました。

ツイッターなどのSNSに、死にたいと書くのは、死にたいほどつらいことがある状況だということで、それを吐き出す場所もないという。

自分には、居場所がない。
自分は社会から必要とされていない。

そのように悩み苦しんだ時、若者は、ツイッターで死にたいと書くのかもしれません。

死にたいと言える場所。
悩みや苦しみを吐き出す場所が必要だと記者は書いていました。

過去にいじめなどの傷を持つものは、心に闇を抱えています。

苦しくて苦しくてたまらない。
自分は誰からも必要とされていない。
自分は誰からも愛されていない。

だから消えたいと、そこまで追い込まれている若者もたくさんいるのではないでしょうか。

息子、今日も弱音を吐きました。
息子は、死にたいとまでは言いません。
死ぬ勇気もないと思います。

でも自分を変えたい。
自分の人生を変えたい。

その気持ちは、人一倍あると思います。

そう思いながらも、些細なことでつまづいています。

絶望

息子はその言葉をよく口にします。

黙ってきいていました。
私が弱音を吐き出す受け皿になるなら、どんどん吐き出せという気持ちでいます。

親として、弱い息子を見るのはつらく、苦しいです。
時には、将来の希望まで見えなくなります。

でも息子が、娘がよくなり、幸せになる未来を信じたいと思います。

座間事件の容疑者は、母親に捨てられた人でした。
一家離散、バラバラになっていた家族は、重い十字架を背負うことになってしまいました。

愛がない冷え切った時代になってしまったと思う。

スマホを一人一台が当たり前となり、便利になる一方、人間の心が冷えていく気がしています。

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