愛着障害、生きづらさを抱えている人があふれている

さきほど、ツイッターのトレンドを見ていたら、愛着障害という言葉がトレンド入りしていました。

その元となる東洋経済の記事を読んでみました。
これを読んで、真っ先に娘の顔が浮かびました。

現代人をむしばむ「愛着障害」という死に至る病 | 家庭
「死に至る病とは、絶望のことである」と、かつて哲学者キルケゴールは書いた。キルケゴールにとって、絶望とは、神を信じられないことを意味した。だが、今日、「死に至る病」とは愛着障害にほかならない。愛着障…

娘は愛着障害なのかもしれない・・・

愛着障害、生きづらさを抱えている人があふれている
働き盛りの40代だけではなく、20代から30代、そして10代子供までも、生きているのがつらい、自分は必要のない人間だと思っている。
それは小さい時からの体験によるもので、親に必要とされなかった、大事に育てられなかったことが原因の、その結果が愛着障害だということでした。

娘は18歳で一人暮らしをして、その後過食症に苦しみました。
その後は、買い物依存症。

愛着障害というのは心がつらいから、それを麻痺させるために、何かに依存しないと生きていけないのだそうです。

今年、お盆に娘が帰省した時、娘は些細なトラブルで涙を流していました。
そして弟を責めました(息子のこと)

「あんたはいいね、家賃がかからないし、お母さんの作ったご飯が食べれて」と。
そして泣いていました。

娘は寂しいのだと思いました。
小さい時、がまんばかりさせてきました。
いつかは三人で暮らそうという夢を持っていて、一足先に娘は家をでました。

三人で暮らす夢は叶わずに、弟だけが親の愛情を独占していると思ったのかもしれません。
それがわかった時、すごくせつなかったです。

同じように、息子も自己肯定感が低いです。
息子の場合は、少しづつ自分に自信をつけてきていると思います。
でも相変わらず自分のことは嫌いらしいです。

この記事を読んで、親の責任だと思ったと共に、私自身も愛着障害だったのかもと思いました。
私も小さいころから、自分はいらない人間だってずっと思って生きてきました。

愛着障害だったかもしれない私が子供を産んでしまったことが、もう罪なのかも。
おまけに夫も人格障害?、普通じゃない親でした。

過去ばかり見ていても仕方ないです。
やはり今一番の望みは、娘を愛してくれる人と結婚すること。
親の愛情を知らなくても、幸せになっている人はたくさんいます。

今思うのは、娘が結婚して孫を産んだら、孫は思い切り可愛がってあげたいということです。

記事の中で印象的だった文です。

自己肯定感は、これまでの人生の結果であり、原因ではない。それを高めなさいなどと簡単に言うのは、本当に苦しんだことなどない人が、口先の理屈で言う言葉に思える。いちばん大切な人にさえ、自分を大切にしてもらえなかった人が、どうやって自分を大切に思えるのか

人生の結果だという言葉が重い・・・

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